2025.11.15
教育現場から家業をつなぐ道へ

神戸まどかさんは教育学部教育学科の53期生。東京都教員採用試験に合格し小学校教諭として勤務する中、新型コロナウイルス感染拡大の影響で父親の経営する精密板金加工会社の業績悪化に直面。
家業の支援と技術継承を志し、ものづくりの現場に飛び込んだ神戸さんに、大学時代の思い出、現在の取り組み、そして将来の目標について伺いました。
小学校の教員から町工場へ
―会社の事業内容からお話しいただけますか。
磯村産業株式会社は1952年に葛飾区で創業し、金属加工を中心とした事業を行っています。地域密着型の町工場として、お客さまとの信頼関係とニーズへの迅速な対応を重視したものづくりを実践しています。2014年に父の神戸広豊が2代目磯村秀雄社長(現会長)より会社を引き継ぎ、3代目として会社経営を行っています。
以前は遊技機器部品の製造が中心でしたが、近年では医療機器部品、食品加工器具、車両内装部品、ロボット部品など幅広い分野の製品を製造しています。
「図面がなくても」「1個からでも」対応し、熟練した職人と最先端のレーザー加工機械を用いた金属板の精密加工技術は、葛飾ブランド「葛飾町工場物語」に認定され、令和6年度葛飾区優良工場にも選出されました。


―2021年まで小学校の先生だったそうですね。
教員を目指したきっかけを教えてください。
中学時代の担任の影響が大きいと思います。誰にでも分け隔てなく、真剣に向き合う先生にあこがれ、自分も同じような教員になりたいと考えて、明星大学教育学部を志望しました。
専攻した教育学科教科専門(国語)コースでは、1年生から週に一回、小学校・中学校への教育インターンシップがあり、実践的で手厚い学びができました。
―大学時代で特に印象に残っていることは?
教育学習会が一番思い出深いですね。1年生の教育原理の授業で、澤利夫先生から「教員採用試験の対策は、早いに越したことはない。希望があれば個別で支援します」というお話があり、講義が終わってすぐに先生のところに行き、「ぜひ参加させてください」と指導をお願いしました。
1年生から4年生まで教育教員採用試験の個別指導を受けました。毎週行われる学習会のメンバーは男女あわせて10人ほどで、同じ目標に一緒に向かっている「同志」でした。時には朝8時から夜6時半まで授業や個別指導で勉強に励みました。メンバー全員が教員採用試験に合格できて、澤先生には本当に感謝しかありません。

(前列右が神戸さん)
―教員生活はいかがでしたか。
2019年3月に卒業し、4月から豊島区の小学校に勤務しました。職員室は明るく協力的な雰囲気の職場で、ベテランの先生2人と1年生を担任しまし た。ひたむきに頑張る子どもたちにパワーをもらう毎日は楽しかったですし、純粋な子どもたちと向き合っていると、自分の心が洗われました。
教員2年目から新型コロナウイルス感染症が拡大し、学校は約1か月間の臨時休校となり、社会全体が外出自粛の状況へと一変しました。 この期間、家で家族と過ごす時間が増え、互いに仕事や将来について深く話し合うようになりました。
普段、父が仕事の話をするのは珍しいことでしたが、この時、初めて仕事の苦悩を聞かされました。 コロナ禍で現場の稼働が止まり、海外からの注文もストップ。雇用調整のため社員の出勤日数を減らすなど、会社が仕事激減の厳しい状況にあることを詳しく知ったのです。 父の苦境を目の当たりにし、「力になりたい」という気持ちが強く芽生えました。その思いが日増しに強くなり、熟慮の末、教員を辞めて翌年から会社に加わることを決意しました。
「魅力あるものづくり」で挑戦
―町工場に転職し、何から始めたのでしょうか。
お客様の注文をコロナ禍前の水準に戻すこと、これが最優先の課題でした。まず、その第一歩として、20年ぶりとなるウェブサイトの全面リニューアルに自力で挑戦しました。 制作ノウハウを一から学び内製化を推進。サイト公開後は、検索広告や電話代行営業を段階的に導入し、売上をコロナ前の水準まで回復させるという具体的な成果を出すことができました。さらに、昨年からは売り上げが1.4倍に成長しました。
私は、新しい環境でも常に前向きに行動し、与えられた状況でベストを尽くすための努力を積み重ねることを自分の持ち味としています。ものづくりへの興味を力に変え、今後も結果を追求します。

―与えられた状況で最大限の力を発揮する原動力は?
自分から積極的に行動する力は大学生活で身につきました。教育原理の授業後、400人以上が集まる大講堂で、ドキドキしながら澤先生に直接指導をお願いした瞬間から、自分の行動力のスイッチが入ったと感じます。
大学で教育職を目指す仲間たちと積極的にコミュニケーションを取り、勉強会や講習の企画運営に関わる中で、人をまとめたり、やる気を引き出したりすることに自信がつきました。
―今後の目標・ビジョンを伺えますか?
3年前に経営計画を立てたときは、社員にボーナスを出すのも難しい状況でした。そこで、きちんと社員に還元できる売上目標を決めて取り組んだ結果、今年はその目標を達成し、社員へのボーナス支給も決定しました。
今後も売上を伸ばすために営業力を強化し、地元・葛飾区城東地区の町工場同士が協力して仕事を受けられる仕組みづくりにも取り組んでいきたいと考えています。
また、新たな取り組みとして自社製品の開発にも取り組んでいます。これまでは企業向けの製品が中心でしたが、はじめて一般のお客さま向けの製品を作り、販売会も開催しました。磯村産業をより多くの方に知ってもらうきっかけにしたいと考えています。
―販売会ではどういうものを出展されたのでしょうか。
名刺入れとフラワースタンドの2種類を出展しました。名刺入れは、父が20年前に端材を使って試作したアルミ製のもので、名刺を一枚ずつ取り出せるスライド式。名刺交換の際に好評だったことから製品化し、全6色で販売しています。 フラワースタンドは、気軽に花を楽しめるインテリアアイテムとして私がデザインしました。試験管を使った一輪挿しで、花がしっかり立つ仕組みです。海外展開も視野に入れ、地元企業と共同で開発したブック型のパッケージも好評です。
おかげさまで名刺入れもフラワースタンドも販売会で完売し、現在増産中です。
―神戸さんの取り組みによって、会社にどういう変化が現れたとお感じですか?
私が会社に入ったことで、新しい物事に挑戦するきっかけづくりができたのではと思います。テレビやラジオなどのメディアの出演をはじめ、SNSを使った情報発信なども積極的に行っています。今後はブランドの認知を広げ、海外展開や展示会出展も目指したいと考えています。


また、後継者不足に悩む企業が多い中で、地域の横のつながりを強め、葛飾区城東地区 のものづくりコミュニティーを育てていきたいという目標もあります。
私が入社した翌年に弟も会社に入ったのですが、取引先から「跡継ぎがいて安心できる」と言われることが多く、今後も長く付き合える会社だと評価されていて大変嬉しく思っています。
社員は現在9名ですが、ありがたいことに、そのうち半数以上が長年勤めてくれています。売上を社員に公表し、コミュニケーションをよくとることで、共感し合える雰囲気も広がってきました。

左から、お父さま、神戸さん、VLOTさん、弟さん。
「音楽プロデューサーのVLOTさんに来ていただき、“金属板を加工する機械音”や“町工場ならではの音”を使った素敵な社歌を制作していただきました」(神戸さん)
―最後に大学への想い、同窓会に参加される意義をお聞かせいただけますか。
教育学科で培った「状況に応じて主体的に学び、挑戦する姿勢」が今でも役立っています。努力の成果が認められ、周囲の方々に支えられていることに感謝しています。今後も行動力を持って、ものづくりの技術をつないでいきたいと思います。
また、年齢を重ねる中で、かつて共に学び同様の経験を積んだ仲間たちと、それぞれ異なる分野や地域で活躍した後に再び交流できることは、お互いに良い刺激になるなと思います。同窓会活動を友人・知人にも広げていきたいと考えています。

2025年9月25日
磯村産業株式会社にてインタビュー
神戸まどか(こうべ まどか)
磯村産業株式会社 営業
53期 教育学科(2019年卒業)