2026.03.14

地域福祉の最前線(社会福祉協議会で紡ぐ人と地域のつながり)

本日は、東村山市社会福祉協議会で活躍する田中悠太さんにお話を伺います。
明星大学人文学部福祉実践学科の第1期生として培った知識や経験を土台に、「一人ぼっちのいないまちづくり」を掲げる東村山市社協で田中さんが11年間取り組んできたこと、現場から見た地域福祉の課題や、持続可能な地域づくりのための実践的な活動についてお話しいただきました。

「近助(近い+助ける)」を大切に

―卒業後、東村山市社会福祉協議会に入職されています。

2014年、明星大学を卒業し、地元の東村山市社会福祉協議会(東村山市社協)に入職しました。入職当初から「まちづくり支援係」に配属され、地域福祉の推進や街づくりの現場で、地域住民の方々や福祉協力員というボランティアの方々と共に、地域活動や市民の居場所づくりに取り組んできました。

加えて、ボランティアセンターの一貫として、ボランティアのコーディネートや人材育成にも携わってきました。
最近、「法人運営係」に異動し、法人運営や企画調整、生活相談などにも関与しています。

―社会福祉協議会の全体の活動についてお聞かせください。

社会福祉協議会は法律で区市町村ごとに設置が決められており、その地域の特色を活かした地域福祉を推進する民間の社会福祉法人です。自治体による行政サービスでカバーしきれない部分を地域の住民と一緒に解決していくのが社協の役割です。地域の皆さんと一緒に課題解決を考え、地域でサポートする仕組みづくりや、ボランティアを育成する活動をしています。 ‎

地域の皆さんが困っている方をサポートできるようにするのが「共助」ですが、私たちは「近助(きんじょ)」という言葉も使います。「近い」に「助ける」と書いて「近助」。‎地域の皆さんで支え合えるような「共助・近助」のまちづくりを目指し、困っている方も助けてもらうだけでなく、自分でできることは自分でやっていくよう「自助」を促すこともあります。

―多摩エリアのなかでも東村山市ならではの特徴や特色を教えていただけますか?

東村山市はもともと農家が多く、地主さんや地域のまとめ役的な方が地域のことを一緒に考えてくれる利点があります。福祉施設が比較的多く、高齢者施設や障がい者施設、青葉町には国立療養所多磨全生園・ハンセン病資料館もあり、ボランティア意識が高い地域です。

近年は外国籍の方も増えてきています。また、東村山市の13町すべてに都営住宅があるのも特徴です。規模の大小はありますが、多様な方々にとって住みやすい住居がある環境です。 ‎

東村山市では「一人ぼっちのいないまちづくり」をスローガンにしていますが、15万人の人口がいれば15万通りの関わり方があります。介護や在宅支援から、孤立やつながり不足といった制度だけでは解決しきれない課題まで、柔軟に対応することを心がけ、年々変わっていく地域のニーズやタイミングや地域に合わせて活動内容を変えていくことを意識しています。

担当町の夏祭りに参加
こども食堂の活動支援
ボランティアのみなさんと研修に

明星大学での学びが多角的な視点に

―「社協総合相談チーム」が東村山市社協ならではの活動として知られています。田中さんはこのチームに「まちづくり支援係(当時の所属)」として参加し活躍されました。

「社協総合相談チーム」では、既存の窓口では対処できない相談に、部署の垣根を越えて対応しています。このチームが生まれた背景には、専門化した相談窓口が増えたことで、従来社協が担っていた「どこにも当てはまらない相談の受け皿」としての役割が薄れてしまう心配がありました。そこで、行き場のない相談にも向き合える体制づくりとしてチームが設立されました。

メンバーは6つある係のうち5つ(法人運営係、まちづくり支援係、基幹相談支援センター、地域包括支援センター、権利擁護係)から1名ずつ選ばれています。若手職員が中心となって、それぞれの業務を理解することから活動が始まりました。

まちづくり支援係(ボランティアセンター担当含む)は11名体制で、13の町ごとに2名ずつ「まち担当」を配置しています。「福祉協力員」と呼ばれる地域住民と協力し、「誰も孤立しないまち」を目指して活動中です。まち担当は地域住民と直接話す機会が多く、自分たちだけでは解決が難しい課題の相談を受けることもあります。そのような場合でも、チームが連携することで対応が可能になります。

近年、生活課題が複雑化し、一例として介護保険申請に訪れた方の家族に引きこもりの人がいるなど、本人以外にも支援が必要なケースがあります。また、困難な状況が日常になってしまって、自身の問題に気づいていない方もいます。

これらの相談には一つの部署だけではなく、高齢者・障がい者・地域づくりなどさまざまな視点から支援方法を考えることが重要です。こうした理由で総合相談チームが組織され、多面的な取り組みが進められています。

―明星大学時代に学んだことで、それらの取り組みに活かされていることはありますか?

浅井正行先生の授業でコミュニケーション学を学んだことが大きいですね。私は柔軟に自由な発想で接することが大切だと思っていますが、そのためには相手に合わせたコミュニケーションが必要です。こうした点を意識するとき、浅井先生の授業を思い出すことがあります。

―そもそも福祉の道に、明星大学へ進もうと思ったきっかけは何だったのでしょうか?

高校生の時に適性能力診断を受け、福祉に興味を持ちました。調べていくうちに高齢、障がい、児童、地域福祉などの分野があることを知り、両親の影響もあり、また祖父も教育関係者だったので、関心を深めました。明星大学の福祉実践学科を選んだのは、1期生だったから。 ‎1期生は、特別な感じがしておもしろいと思いました。

大学を選んだ後の話ですが、祖父の仕事も教育系で、会合などで明星大学と関わりがあったようで、「明星大学はいい学校だから行ってきなさい」と言われたのを覚えています。 ‎

―在学中に学んで、今でも役立っていることは?

福祉実践学科では、山井理恵先生による高齢者についての授業や、吉川かおり先生の「障がい」に関する授業など、多様な分野を学びました。社協の仕事は介護や保育など幅広い分野に関わるため、学生時代の学びが現在の仕事に役立っていると感じています。

馬場康彦先生の授業で社協について知りました。当初は東村山市で働くことになるとは思っておらず、さまざまな地域の社協の求人情報を調べていました。しかしちょうど卒業の時期に、実家のある東村山市の社会福祉協議会で募集が出ていることを知り、幸運にも採用されることになりました。

大学の友人と卒業旅行

All Stars’ Day2025では、福祉実践学科開設15周年記念のパネラーとして登壇されました。

All Stars’ Dayには初めて参加させていただいたのですが、大勢の卒業生がいらして驚きました。登壇させていただき、在学当時の話をしました。大先輩の皆さんが最前列で熱心に話を聴いてくださる姿を見て嬉しく思いました。

その後、東村山市の産業まつりで仕事として出ていた時に、All Stars’ Dayで会った方が「あのときのお話しを聞いて、居るかと思って来てみたよ」と社協のブースを訪ねてくださったのです。
福祉実践学科のときは1期生で先輩がいなかったのですが、学部学科関係なく多くの先輩の方々とつながれたことは嬉しかったです。

All Stars’ Day 2025で開催されたパネルディスカッション風景。壇上左が田中さん。

今後も地元・多摩地域で、まちづくり支援や生活サポート、ボランティアセンターや老人クラブ事務局の活動を通じて、地域福祉の向上に貢献したいと考えています。また、法人運営を支える企画運営や生活相談、会員サービスなどの取り組みの中で、明星大学との連携を図り、後輩とも積極的につながっていきたいと思います。

2025年12月19日
東村山市地域福祉センターにてインタビュー
田中悠太(たなか ゆうた)
東村山市社会福祉協議会勤務
福祉実践学科1期生(2014年卒)
東村山市社会福祉協議会ホームページ
https://hm-shakyo.or.jp/index.html

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