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教育者・父として女性の貧困問題を考える

40過ぎてからの転機は豪速球のように

制度としての「育児休暇」は理解していたものの、よもや自分が取得するなどとは、それまで全く考えていませんでした。まして、そのために職場を変えることなど「まさかの坂」であり、系列のない地方の私学であと15年程勤めれば「定年」というゴールもうっすらと見え始めていたのに、全く考えていなかった選択肢が突如、現実のものとして、自分をめがけて剛速球がうなりを上げるようにやって来たのです。

そう、あの一球と同じく。2012(平成24)年7月19日、全国高等学校野球選手権岩手大会準決勝6回表2死2、3塁3ボール2ストライクで迎えた6球目、この試合13奪三振中、唯一見逃しで打ち取った高校生最速、時速160キロを計時した大谷翔平のあの一球のように。

と、出だしからかなり大袈裟に書きましたが、40代で結婚し、長女誕生に続いて、次女・三女が授かるベビーラッシュで急に「父親」となった私は、長女の保育園入園を機に子育てが人生のステージでどれほど大きなものであるのかを思い知らされたのです。今回は娘を育てる父とそして教育者としての悩みをテーマに書いてみたいと思います。

娘を育てることになって考えた「女性の貧困」問題

わが子が全て女の子である時点で真っ先に頭に浮かんだのが、「格差社会」さらに踏み込んで、「女性の貧困」ということ。高校卒業後に大学や専門学校に進学した女子学生が学費や生活費の捻出に困窮して、学校に通う傍ら、いわゆる風俗業界に足を踏み入れ、次第に「別の顔」が本来の姿と主客が入れ換わり、最終的には学業を続けることを諦めてしまうケースがたびたび社会問題としてメディアで取り上げられ、今や珍しいことではなくなってしまっています。

その社会現象がよもや自分の近くで現実の話題となって出てくるなどとは思いもよりませんでした。二十年を超す教員生活を三年生の担任として日々生徒と接してきた身として、これまでのすべてを振り返り点検せずにはいられない気持ちになるほどの衝撃です。

画像はイメージです

進路指導において、生徒の保護者・家庭の経済状況についても十分に考慮した進路選択の助言ができていただろうか、単に目先の結果にのみこだわらず、生徒が生きていくためによりよい方向へと導く指導だったであろうか、と。少なくとも自分はその点を厳格に守ってきたと信じてきました。

生徒の側に立って考えることをせず、進学実績を上げることだけを考えるような教師にはなりたくないと思いながら、自分に与えられた仕事を進めてきたのです。

しかし、直接関わった訳ではないけれども、名前を知っている人物がまさにその社会問題に直面している状況にあるとか、そのことによって学業の志半ばで退学したということが一件、二件と伝わってくるたびに、自分が直接関わった生徒ではなかったと失礼ながら安堵する半面、何か手立てはなかったのかと一教員として反省すると共に、何もできなかったという無力感が私の心を重苦しいものにしてしまいます。例えるなら、古池の底に朽ちることなく積り続ける濡れ落ち葉のように・・・

何か動きを起こしたい

このままではいけない、一人で悶々と悩むよりも何か動きを起こしたいと考え、現状を知るために、大規模な摘発を受けながらも今なお残っている「JKビジネス」や女性の貧困・女子学生の貧困の一角の実態や実情を、記事等を通して垣間見てきました。

時には勉強会や様々な伝手を頼りに、学業とその業界の二重生活を余儀なくされている方たちから生の声を拾い、時にはいわゆる「昼の仕事」に生活がシフトできるよう相談できる機関を紹介することが、近ごろの私のライフワークのようにすらなってしまっています。

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当事者たちの声を聴くだけでは決して解決にも救いにもならない大きな問題がそこには存在します。最近では国内のメディアでも保健教育の重要性を取り上げ始めていますが、教育現場で性問題など扱いきれていないことを強く感じると共に、あらゆる場面において教育者がその話題を忌避してきたか、直視せず看過してきたかを思い知らされています。

そもそもの始まりは自分に娘が3人も誕生したことからですが、皆さんに伝えたいのは一人の父として、そして教育者として表面的ではなく誰もが当たり前だと考えるジェンダー社会、一人一人が自分を傷つけずに社会で活躍し、そして女性の活躍がお題目にならず、男女格差が少しでも軽減できる社会になることです。

このことを何らかの形で世に問うていかなければならず、この問題を考え、共に社会に問うていきたいとの思いをお持ちの方はいらっしゃいませんか。

1996年卒
日本文化学部言語文化学科
夏井 友也
学校法人健康科学大学 一関修紅高等学校

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